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神様と自分の魂がひとつになる時間    1989年6月17日

  
  1. 相手を責めるのは、自分と責めてるのと同じ    P.1/2
  2. 神様と自分の魂がひとつになる時間        P.2/2

2.神様と自分の魂がひとつになる時間   P.2/2

それで、この鎮魂やることに対してもね、そういう心根が少しでもできるような魂の次元になるために、皆さんにこの鎮魂をおすすめしてるんです。


なぜおすすめしてるかというと、もうホントに何回も繰り返してるんですけども、皆さんは神様から平等に魂をいただいてるんです。その魂の復活がなければね、そういう考え方もできない。


そういう考え方になったほうがいいんですよって、私に教えられても、今、あっそうかなと聞いていても、自分の魂の次元がそこまでになってないとね、その時だけになってしまう。


それが、その魂の次元になれるとね、今度は聞かなくても、人から教わらなくも、そういう考えが起きてくるんですよ。


だから私はこの鎮魂を皆さんにおすすめして、この鎮魂とは、皆さんの魂と親神様とが瞬間ひとつになる時間があるわけです。要するに統一できたってことですよね。


このときに、もし皆さんが、ただし私欲じゃだめですよ。いいことであれば、こうありたいな、ああしたいなって、その瞬間統一されたときに、瞬間その心を作ったとき、必ずそうなります。


これが実は霊感なんです。その時間のときに考えることが霊感なんですよね。だから皆さんにそういう時間を作りなさいって言ってるの。


そういう時間のときに、サッとひらめくことが霊感なの。そのときに皆さんが、あっ今完全に統一できたなってことが意識づいたときに、自分の大事なことを瞬間思ってごらんなさい。それ必ず叶いますから。


だから、もうとってもね、鎮魂の中に大事な時間があるんですよ。その大事な時間は、その人が、いかに真剣に取り組むかという姿勢によって与えられるんですよね。


だから、ただ惰性で腹式呼吸やって合掌して、精神統一していけば、そしたらいつかは魂が高まるんだ、なんて考えじゃ、いつになったって高まらない。その時間を設けることに専念しなければね。


そういう神と自分とが一体化できるような、そんな時間を皆さんは、この鎮魂によってね、一度二度三度というふうに徹底的に自分は取り組んでみよう。とにかくそういう時間を瞬間でも作ってみよう。


そのくらいな迫力で、そういった気概で、この鎮魂に励んだならば、自ずからだんだん皆さんの魂は高まってくる。ということは、神の分け御霊をいただいてるその魂に復活してくわけですよ。


そうなるとね、神様はこの世に幸せをもたらしてるんですから、それが真理なんだから、真心で絶えずあなた方が考える心を作っていけば、神様が絶えず私たちに幸せを与えてくれる。自分たちの思うように神様が考えてくださってる。


それを皆さんがそういう心を、真心を、いつのまにか不在にしちゃうから、計算のほうが多くなっちゃうから、いつになっても、自分の幸せを獲得することできないんですよ。


だからどうかね、この真心ってものを徹底的に作る。この真心が、神様からいただいたところの魂の発露なんです。


偽りのない真心、真の心がね、皆さんを幸せにする心なんです。偽ってはいけない。ホントに真剣に真心を使っていかなきゃいけない。


その真心は、いつも申しあげるように、自分のことだけ考えるんじゃなくて、真心ってね、自分ってものを主観においちゃいけないんです。


絶えず自分ってものを客観で見つめなくちゃいけないんです。そうすると真心ができるんですよ。


私は果たして素直かなあ、どうかな。これ主観じゃないでしょ。自分を見つめる姿でしょ。あれ、私こういうとこ素直じゃないなって、反省ができれば、これ真心ですよね。


そして、私は他人に対して愛があるだろうか、愛を持てるだろうかって、まず考えてごらんなさい。


私は考えてみるとそんなに他人に対して愛を持てる人間じゃないなあ。これじゃいけないな。これ真心なんですよ。


そういうふうにね、ひとつひとつ反省すると、必ずそこに真心ができるんです。


反省っていうのはすばらしいいんですよ皆さん。だから私が五つの心の教えを皆さんに言ってますね、神心だといって。それをひとつひとつ反省してみてくださいよ。


自分は信じる心を持ってるかしら。ジーッと考えてみると、あー、やっぱり私は疑い心が多いな。必ず思うと思いますよ。


疑い心が多いなあと思う気持ちの中には、今度は信じる心が生まれてくるわけです。


そういうわけでね、絶えずそういうふうに、神心ですね、神様の魂の次元の心、そういった心を、ジーッと振り返って、


私は謙虚かしら。いやあーそじゃないな、私、思いあがってるなって、必ず自分ってもの振り返ってみると、謙虚じゃないところがいっぱい見つかるはずですよ。


ていうのはね、皆さん神様の子なんですよ。神様の子だから、自分を客観的に見つめて、そういうふうに自分っていうものを、私は謙虚かしらって、自分を客観的に見つめた考え方になると、ああ私は謙虚じゃないなって必ず出てきます。


ずいぶん私は思いあがってるな。あ、これじゃいけないなって気持ちになったときが真心なんですよ。


この毎日の生活の中に、そういう心を絶えず養うことに努力することが、人間は生きがいなんです。そんな生きがいの積み重ねをしてけば、死ぬことは怖くないんです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

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