- どんな時も揺らがない幸せ感 P.1/3
- 見えない世界のひらめきが絶えず働いてくれる P.2/3
- 救いの道は自分の心情にある P.3/3
1.どんな時も揺らがない幸せ感 P.1/3
暑くなったり寒くなったり大変ですね。2月は一番死亡率が多いんじゃないでしょうかね。
やっぱり気温の変化が激しいから、2月、8月っていう月は一年をとおして、なんかあんまり、よくない月のように感じますよね。
さておいて、今皆さん鎮魂いたしましたけど、まあ私の話は、同じことを繰り返してお話するようなことになるかもしれませんけど、
肉体の糧は食事でしょう。私の話は心の糧と、そういう気持ちで聞いていただきたい。
先生、またあの話というふうに思うかもしれません。
でもね、話は同じでも同じ言葉でも、やはりそのたびそのたび真剣に自分の心を打ちこんでお話させていただいてるんです。
ですからどうかね、真心のお話を聞くんだなという気持ちで、またあの話というんじゃなくて、自分たちの真心を引きだしていただくためのお話なんだなと思うと、その話がまたいかされるんですよね。
どうかそういうつもりで、私は聞いていただきたいと思うんです。
いつも申しあげるように、ただ理論だけを言ってるんじゃなくて、ご承知のように私は神に仕える人間、霊的にいろいろと神様の閃きをいただいてる人間なんです。
そういう中で、その閃きが皆さんの今現在の悩みに対してのアドバイスにもなるということで、お伺いに来る方々の霊査をして、その結果が諸々の悪い想念が原因で、今現状の悪いことになってるわけです。
結局いい想念はよくなりますけど、ほとんどの方が悪い想念を引きずってるというのが多いです。
というのは、何回も繰り返すように、三次元の世界は物質の世界ですからね、物質をとおして自分を見つめたときには、どうしてもそこに欲が出る。
欲が出る心っていうのは、いい心になれないんです。欲っていうのは、結局悪い心の発露ですから。
すべてが三次元にいる以上はどうしても、物質にとらわれた心を出すまいと思っても出ちゃう。
だけど般若心経の中にも歌われてるようにね、この三次元の世界、物質の心。物質の心っていうのは悪い心、欲の心を作る所。
神様だったら、なぜそんな世界を私たちに与えるのって言いたいところなんですけれども、ここのとこですよね。
結局、私たちが少しでも豊かな心に、真心をはぐくめるようにと、神様からいただいた分け御霊の心を少しでも濁らせないように、神様が修行の糧に欲の世界を与えてくれてるんだろうと思います。
そのためには強くならなきゃいけない。ただ正しいこと知ってるだけではだめなんです。
その中で絶えず神様からいただいた分け御霊の心が使えるように、歯をくいしばってもやらなくちゃならない世の中、いろんな欲の世界の事件があるでしょう。
欲心で先祖から来てるから、結局いいことはたまにしかなくて、悪いことのほうが多いんですよ。
だから林芙美子の詩にも、そう書いてありますよね。苦しいことばかりってね。だから悪いことの方が多いんです。
悪いことの方が多いってことは、やはり私たちの禊の道場、そういう悪いところで揉まれて、神様からいただいた心を、なお一層に強くしていただけるんじゃないですか。
揉まれなきゃ強くならないでしょう。だからそういう意味で、絶えず私たちを修行させていただいてる。
ところがね、どうしても、ほとんどが負けるんですよ。
何か事件が起きると、もうそれにとらわれて、結局はその事件の虜になって、もう頭の中は、その事件でいっぱいになっちゃって、
どうしたらいい、どうしたらいいんだろう。困った、困ったっていう気持ちが絶えず働いてくると思いますね。
だけどその時が、実は一番修行できるときだろうと思うんです。そういう時にこそ、あ、自分は神様からいただいた分け御霊をいただいてるんだっけな。
いただいてる以上は、分け御霊の発露でいかなくちゃいけない。遮二無二真剣に分け御霊の心を使わなくちゃいけないんだ。
今現在の状況にとらわれてたらいけない。そして己の反省に組み替えていく。
悪いことが来ると、信仰してるのに何故こうなるんだろう。神様に手を合わしてるのに何故こうなるんだろう。
そういうふうな考え方をしてるうちは、これはまだまだ幸せになれない。
苦しいところ追いこまれれば追い込まれるほどね、ホントに神様のありがたさ、偉大さ、そういたったことを真剣に考えていける人間になってきたなら、
そこで初めて、その人は少しずつ自分の気がつかないままに霊的に高まってきてるんだなってことが言えるんです。
結局、霊的に高まってきますとね、いろんな事件も自分で解消しようとしなくとも、神様が解消してくれるんです。
霊的に高まってくると、要するに神様の分け御霊に復活なされば、それはね、親がほっときませんから、いろんな悩み事は親が手伝ってくれます。
それと同時に、そこまでの心になると自分のことはあんまり考えなくなっちゃうの。だから悩まなくともね、なんかいい解釈になっていっちゃうんです。
これ自分で体験させていただくんですよ。何でもよく解釈ってね、なんていうか、その良く解釈が自然なんですよ、無理じゃないんですよね。
振り返ってみれば、なるほどっていうぐらいに、自然の中ですべてを悪い方に解釈してないんですね。
あれ、私ってこんなふうな考え方になってきてるんだわって、たまたま自分で、あぁありがたいなと思わせていただくことがありますけどね。
だから良かれ悪しかれ、皆さんにいつも申し上げている、雨の日もありがたい、天気の日もありがたい、曇りの日もありがたい。どんな時でありがたいと思える心になれることが幸せなんですよ。
目の前にいいことが来たことが幸せじゃないんですよ。いいことが来たことはつかの間でしょう。
いいこと来ることだけを求めてたんじゃ、いつになってもね、人間は幸せになれないんですよ。
いいことも悪いことも、いつも幸せ感で迎えられるようになって初めてホントに幸せという人間になれるんです。
要するに形は物象ですね。そういう物象にとらわれた考え方をしてると、どうしてもそこにはまた苦労がついてまわる。
要するに形にとらわれるから、悪いことが来れば嘆き、いいことが来れば感激し、それだと絶えずとらわれてる己なんですね。
それは、はっきり言うと、まあ非常に憐れですよね。ホントの幸せ感じゃないでしょう。
たとえ今現在、自分の思いどおりになったからって、次に何かホントに悪いことが来たときには、そのうれしかったことは、ガラガラ崩れちゃうんじゃないですか。そんなつかの間の喜びなんです。
だからどんなことが来ても、喜びが崩れない心ができる己にならなくちゃだめなんです。それが本当の幸せです。
それがホントの神様からいただいた分け御霊の心というもの。
当霊照会で私がお話しているのは、よその先生に習い覚えて、それを皆さんに、牧師さんみたいにね、バイブルを紐解いて勉強して話すのと違うんです。
自分のこといちいち言うのは、誠に申し訳ないんですけど、でも確かにそれは私の体験だから、私は長年の半生の中で、そういう真理をわからせていただいたから、
その中で初めてね、あ、幸せっていうのはそういうもんなんだっていうことを、はっきりとつかませていただいたから、
それで皆さんにもこういう心になってもらえると、ホントにいいんだがなと思って、いつも自分の何十年間の体験の中から引き出してきてお話するんです。生かされたお話になるのでね。
そういうわけで、自分たちの幸せっていうのは、三次元の世界で物を与えられたから幸せ、名誉を与えられたから幸せ、
そういうふうに現象がいい結果に出たことに幸せ感を持っている以上は、いつになっても本当の幸せはつかめないんです。
現象にとらわれない幸せ感っていう心ができてこそ、初めて本当の幸せをつかむ。この辺を皆さんね、おざなりにして忘れられてる。
そのためには、今やった鎮魂ね、これは精神統一。完全に宇宙の気と自分の気が一体化する、要するに宇宙の神様と分け御霊である自分の魂とがひとつになる時間なんです。
そういう時間を作ることによって、自分の中にある神様からいただいた分け御霊の復活につながってくんです。だから鎮魂をやっていただきたい。
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